2006年度
被害者の刑事手続参加制度の新設に反対する会長声明
2007年3月29日
札幌弁護士会会長 藤本 明
- 本年3月13日、被害者参加制度の新設を含む「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」が閣議決定され、国会に上程された。この法案の被害者参加制度は、裁判員裁判対象事件や業務上過失致死傷等の事件について、裁判所に参加を申し出た被害者やその遺族(以下「犯罪被害者等」という。)に対し、公判への出席、情状事項についての証人に対する尋問、被告人に対する直接質問、検察官の論告・求刑後に求刑を含む事実と法令の適用に関する意見陳述を認める制度である。
- 当会は、2006年11月9日付けで、日弁連からの犯罪被害者等基本計画に定める施策に関する意見照会に対する回答書の形で、被害者参加制度に反対する見解を明らかにしたが、「被害者参加制度」は、以下に述べるような危険な問題点があると考えている。
- まず、既に被害者等の意見陳述制度が導入されている。それ以上に、被告人に対し、直接法廷で犯罪被害者等の生の声を尋問・質問や求刑という形で対峙させることは法廷を被害者の感情を生のかたちで被告人にぶつける場に変容させ、公平中立な裁判を受ける被告人の権利を侵害する危険が高い。検察官や弁護人を介して被害者の声を伝える方が被告人に冷静に受け止められて反省を促すには有効な場合が多く、実際これまでそのような努力がなされている。
- また、結果の重大性に圧倒され、検察官の主張に対して言うべきことが言えない被告人は少なくない。特に、正当防衛の成否、被害者の落ち度、過失の存否という重大な争点について、結果が悲惨であればあるほど、被告人はこれらの点を主張すること自体、心理的に困難な状況に置かれる。法廷で犯罪被害者等から直接質問されるようになれば、被告人はますます萎縮して沈黙せざるを得なくなる可能性があり、その防禦権が実質的に侵害される危険がある。
- そして何よりも、被害者参加制度が、誤判防止を目的とする現行の刑事訴訟の当事者主義訴訟構造を糾問主義的なものに変容させるおそれがあり、犯罪被害者等の意見や質問が過度に重視され、証拠に基づく冷静な事実認定や公平な量刑に強い影響を与え、適正手続が損なわれることが懸念される。2009年から施行される裁判員制度においては、その制度設計の際に被害者参加制度のことが考慮されておらず、裁判員制度が実施され定着する前に被害者参加制度を導入することによって、上記のような懸念が裁判員制度の円滑な運用に支障を来すおそれもある。
- 当会は、今回の法案のような被害者参加制度を拙速に導入することは、刑事裁判の本質に照らし、将来に取り返しのつかない禍根を残すことになると憂慮する。
- これまで、犯罪被害者等が、経済的補償や医療・精神的ケアの面で、十分な支援を受けられずにいたことについて、当会は、犯罪被害者等補償法の制定及び公費による被害者弁護士選任制度の導入が早急に検討されることが必要であると考える。
しかしながら、当会は、今般の被害者参加制度の新設を含む「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」には、以上述べた問題点の外、刑罰の本質や効果ひいては社会の在り方に関わる重大な問題をはらんでいると考える。
すなわち、刑罰によって犯罪者を改善・更生させて社会復帰させるのか、それとも報復を重視して社会から隔離するのか、あるいは修復的司法制度を選択するのかどうか、さらには刑罰の究極を示す死刑制度の存廃も含め、わが国の刑事裁判制度と行刑制度をリンクさせた幅広い視点に立った周到な議論を深めるべきだと考えられるのに、それがなされているとは言い難い。
本年3月7日、「被害者と司法を考える会」が法務省に対して、被害者参加制度の功罪を指摘し、制度の見直しを求める要望書を提出したことが報道されており、犯罪被害者等の中にも、被害者参加制度に直ちに賛成しない意見があることも明らかになっている。
当会は、このような状況下においては、この制度について、その必要性を含めより広範な議論が必要であり、この点からも今回の法案は廃案とされるべきであると考える。
- よって当会は、この法案に改めて強く反対する。
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