声明・意見書

「特定秘密の保護に関する法律施行令(案)」に対する意見書

2014(平成26)年8月22日
札幌弁護士会
会長  田村 智幸

 当会は、2014年7月24日付で意見募集がなされている「特定秘密の保護に関する法律施行令(案)」(以下「施行令案」という)について、以下の通り意見を述べる。

第1 はじめに

  1.  当会は、平成26年5月23日、「特定秘密の保護に関する法律の廃止を求める総会決議」において、特定秘密の保護に関する法律(平成25年法律第108号、以下「本法律」という)が基本的人権を侵害し、国民主権をはじめとする憲法上の諸原理をないがしろにするものであることから、本法律をただちに廃止することを求めた。
  2.  今般、政府は、施行令案並びに「特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施に関し統一的な運用を図るための基準(仮称)(案)」(以下「運用基準案」という)を公表した。しかし、これらによっても、処罰範囲が広範かつ不明確であり、罪刑法定主義に反することや、秘密指定の恣意性を排除できないこと、秘密指定の公正さを担保する独立した第三者機関が確保されていないこと、適性評価制度の実施方法において対象者のプライバシー保護の仕組みが脆弱であること、報道の自由を保障する制度が不十分であることなど、当会が懸念した憲法上の諸原理がないがしろにされるとの懸念は何ら払しょくされていない。むしろ今般公表された施行令案及び運用基準案により、本法律の問題点が浮き彫りになったといわざるを得ない。
     法律の問題点を是正することなく第三者機関や内部通報制度を策定しても、これらが有効に機能することは期待しがたい。
     今回公表された施行令案及び運用基準案によっては、本法律自体がもつ、本来国民のものであるはずの情報が特定秘密に指定されることによって国民の手から奪われ、国民の判断を誤らせるおそれがあるという根本的な問題は何ら是正されないのである。
  3.  したがって、本法律は基本的人権を侵害し、国民主権をはじめとする憲法上の諸原理をないがしろにするものであるから、本法律は廃止されるべきであり、施行令及び運用基準も施行されるべきではない。
     当会は、本法律、施行令、運用基準案の制定自体に反対である
    が、それを措くとしてもなお、施行令案自体に看過できない問題点が数多く存在するため、下記のとおり意見を述べる。

第2 意見の趣旨及び理由

  1. 施行令案第2章第1節(特定秘密の指定)について
    (意見)
     違法・不当な秘密を特定秘密に指定することを禁止する規定を施行令に設けるべきである。
    (理由)
     本法律及び施行令案には、違法・不当な秘密を特定秘密に指定することを禁止する明文規定がない。
     確かに運用基準案には、「公益通報の通報対象事実その他の行政機関による法令違反の隠ぺいを目的として、指定してはならないこと」が定められている(運用基準案Ⅱ1(4)特に遵守すべき事項)。
     しかし、公益通報の通報対象事実その他の行政機関による法令違反の隠ぺいを目的とした特定秘密の指定が禁止されるべきことは、本来、法律あるいは施行令に基準されるべき事項である。運用基準は法規範性を有するものではないことから、上記を運用基準に定めたのみでは極めて不十分である。
     通報制度の実効性を担保するためにも、違法秘密や不当な秘密を特定秘密に指定することを禁止する規定を法律あるいは施行令に規定すべきである。
  2. 施行令案第3条(法第3条第1項ただし書きの政令で定める行政機関の長)について
    (意見)
     原子力規制委員会を第3条第2項に加え、原子力規制委員会を秘密指定機関から除外すべきである。
    (理由)
     東日本大震災の発生により、原子力発電所の安全神話が崩れ、原子力発電所の安全性には大きな疑問が呈された。
     原子力発電所の安全性にかかる情報は、原子力発電所の近隣住民はもとより、今後のエネルギー政策に関する国民的議論を行う前提として、国民にとって極めて重要な情報である。
     原子力規制委員会が秘密指定機関とされた場合には、原子力発電所の安全性にかかわる情報がテロリズムの防止に関する事項(法別表第4号)に該当するなどとして特定秘密に指定されるおそれが大きい。
     したがって、原子力規制委員会を秘密指定機関から除外すべきである。
  3. 施行令案第4章(適性評価等)について
    • (1)適性評価の実施について
      (意見)
       適性評価におけるプライバシー保護、調査事項以外の調査の禁止、適性評価の結果の目的外利用の禁止を施行令に規定すべきである。
      (理由)
       本法律における適性評価の制度は調査対象者のプライバシーを著しく侵害する。
       運用基準においてプライバシー保護、調査事項以外の調査の禁止、評価結果の目的外利用の禁止が定められているが、法規範性を有しない運用基準に定めるのみでは不十分である。
       上記事項は、施行令に規定すべきである。
    • (2)適性評価の実施にかかる関係行政機関の協力について
      (意見)
       適性評価の実施に際し、関係行政機関に照会し得る事項については、施行令において明記すべきである。
      (理由)
       運用基準案においては、適性評価制度の実施について行政機関の長が他の行政機関の職員及び他の行政機関が契約する適合事業者の従業者についての適性評価の調査を代行してはならないことが指摘されているものの、施行令には関係行政機関に照会し得る事項について何ら定めがない。
       評価対象者についての調査が関係行政機関によって広範に行われることになれば、他の行政機関の職員及び他の行政機関が契約する適合事業者の従業者についての調査を代行したのと同様の効果をもたらす懸念が存する。
       したがって、適性評価において関係行政機関に照会することができる事柄については、あらかじめ施行令において限定すべきである。
    • (3)適性評価の結果の通知について
      (意見)
       適性評価の結果は、評価対象者からの請求があった場合には、評価結果を認定した具体的事実及び当該事実を認定した資料とともに評価対象者に開示されるべきである。
      (理由)
       適性評価の結果は、評価対象者の人事考課上、大きな影響を及ぼすことが想定される。
       運用基準においては、「行政機関の長が評価対象者について特定秘密を漏らすおそれがないと認められないと評価したときは、当該評価対象者に対し、別添9-1の「適性評価結果等通知書(本人用)」によりその結果及び当該おそれがないと認められなかった理由を通知するものとする。」とされている。
       しかしながら、別添9-1によれば、極めて形式的な理由のみが示されることが想定されているものと考えられる。
       適性評価の結果が評価対象者の爾後の人事考課上大きな影響を及ぼすことが想像に難くない以上、特定秘密を漏らすおそれがないと認められないと判断された場合には、法12条第2項各号のうちいずれに該当すると評価されたかの開示のみでは不十分であり、当該評価に至る具体的事実及び当該事実を認定した根拠が示されるべきであり、このことは施行令に明記されるべきである。
    • (4)適性評価にかかる苦情処理の手続について
      (意見)
       苦情処理の手続においては、苦情申出者に意見陳述の機会を保障するとともに、苦情申出に対する結果の通知において結果に至る具体的根拠を明示することを施行令に明記すべきである。
      (理由)
       運用基準においては、苦情処理の手続において苦情処理担当者は苦情申出者等に対して資料の提出を求めることができるとされる一方で、苦情申出者には意見陳述の機会が保障されていない。
       苦情申出に対する判断の適正を担保し、苦情申出者の納得を得るためには、苦情申出者からの申し出があった場合には、苦情申出者に意見陳述の機会が保障されるべきであり、このことは施行令に明記されるべきである。
       また、苦情申出に対する結果の通知に際しては、単に結果のみの通知にとどまらず、結果に至る事実認定の過程及び事実を認定する根拠となった資料等の具体的根拠が明示されるべきであり、このことは施行令に明記されるべきである。

以上

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