声明・意見書

最低賃金額の大幅な引き上げ等を求める会長声明

  1.  本年も、厚生労働大臣は、6月頃、中央最低賃金審議会に対し、2019年度地域別最低賃金額改定の目安についての諮問を行い、同審議会から、7月頃、答申が出される見込みです。昨年、同審議会は、全国加重平均26円の引き上げ(全国加重平均874円)を答申し、これに基づき各地の地方最低賃金審議会において地域別最低賃金額が決定されました。北海道でも、昨年は、北海道地方最低賃金審議会の答申に基づき、時間額835円という地域別最低賃金が定められました。
     しかし、時間額835円という水準は、1日8時間、週40時間働いたとしても、各種控除前の名目給与金額で月収約14万5000円、年収約174万円にしかなりません。この金額では労働者が賃金だけで自らの生活を維持していくことは困難です。
     また、2010年6月18日に閣議決定された「新成長戦略」は、2020年までに最低賃金(時間額)を全国加重平均で1000円にするという目標を掲げていますが、そもそも、時間額1000円という金額であっても、1日8時間、週40時間働いたとしても、各種控除前の名目給与金額で月収約17万4000円程度、年収約209万円にしかならず、いわゆるワーキングプアと呼ばれる水準(年収200万円以下)をわずかに超える程度で、単身者にとってすら十分な額ではありません。まして、子どもを育てていくためには、この程度の金額では足りないことは明らかです。そして、近年の最低賃金額の引き上げのペースでは、上記の政府目標すら達成が困難です。
  2.  我が国の最低賃金額は、先進諸外国の最低賃金と比較しても著しく低いものにとどまっています。フランス、イギリス、ドイツの最低賃金は、日本円に換算するといずれも1100円を超えており、アメリカでも、ワシントン州やカリフォルニア州の一部の市などが15ドルへの引上げを決定したのを始め、全米各地の自治体で最低賃金の大幅な引き上げが相次いでいます。国際的に見て我が国の最低賃金額の低さは際立っているといえます。
  3.  そもそも、我が国では、多くの労働者が最低賃金周辺の賃金で稼働しており、最低賃金の低さは貧困や経済的格差を招来する直接的要因となっています。貧困や経済的格差の解消のためには、最低賃金の迅速かつ大幅な引き上げが必要不可欠です。近年の最低賃金の引き上げも、我が国に存在する貧困と経済的格差の解消のためには十分な引き上げとはいえません。
     また、本年10月に予定されている消費税の引き上げが予定どおり実施されるならば、最低賃金周辺の賃金で稼働する多くの労働者の生活に甚大な支障が生じることは必至です。
     貧困と経済的格差が蔓延している我が国の現状や「労働者の生活の安定、労働力の質的向上」(最低賃金法第1条)といった最低賃金法の趣旨、日本国憲法第25条の生存権の理念等に照らすならば、時間額1000円の早期実現のみならず、最低賃金をさらに大幅に引き上げることは、政府、中央最低賃金審議会、各地方最低賃金審議会及び各都道府県労働局長の法的責務というべきです。
  4.  もとより、最低賃金のさらなる大幅な引き上げに際しては、実際に労働者に賃金を支払う企業、とりわけ最低賃金の引き上げにより大きな影響を受ける中小零細企業への実効的な支援等も欠かせないものというべきです。具体的には、そのような中小零細企業に対する社会保険料の減免や減税、補助金支給等の中小企業への実効的な支援等が不可欠であり、これらの支援等を最低賃金の引き上げとともに進めるべきです。
  5.  また、近年の最低賃金の引き上げに伴い、最低賃金の地域間格差が拡大していることも問題です。最低賃金額は、賃金水準全体にも影響を及ぼすため、地方では、賃金がより高い首都圏等での就労を求めて地元を離れてしまう現象も見られ、人口減少や労働力不足が深刻化しています。過疎の防止や地域経済の活性化のためにも、最低賃金の地域間格差の縮小は喫緊の課題といえます。
     こうした課題を踏まえて、最近では、最低賃金を全国一律にすべきであるとする議論が広がってきており、こうした議論がより一層進展することを期待したいと思います。
  6.  さらに、中央最低賃金審議会及び北海道地方最低賃金審議会は、最低賃金額についての実質的な議論を行う審理を例年非公開としていますが、審理の適正を担保するために、審理を全面的に公開すべきです。
  7.  当会は、2016年8月4日、2017年7月1日、2018年6月29日にそれぞれ最低賃金の大幅な引き上げ等を求める会長声明を発出していますが、それぞれの年度の引き上げは到底十分なものとは評価できず、地域間格差の問題、審理の公開の問題も抜本的な改善はなされていません。そこで、当会は、本年も政府、中央最低賃金審議会、北海道地方最低賃金審議会及び北海道労働局長に対し、最低賃金の地域間格差を解消しつつ、中小零細企業への実効的な支援等とともに、最低賃金について、可及的速やかに時間額1000円以上とすること及び時間額1000円を超えるさらなる大幅な引き上げを行うことを求めます。また、審理の適正を担保するため、最低賃金審議会の審理を全面的に公開することを求めます。

2019年(令和元年)6月10日
札幌弁護士会
会長 樋川 恒一

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