声明・意見書

「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」に対する会長声明

  1.  法務省の「出入国管理政策懇談会」の下に設置された「収容・送還に関する専門部会」は、2020年6月19日、「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」(以下「本提言」という。)を発表し、7月14日、本提言が法務大臣に提出された。10月16日召集の臨時国会での本提言に基づく出入国管理及び難民認定法改正案の提出は見送られたものの、当該法案は、依然として国会に提出される可能性が高い状況にある。
  2.  しかしながら、本提言は、長期収容問題の解決の名において、以下のとおり、外国人にも保障されるべき憲法及び国際人権法上の諸権利を侵害する可能性があり、仮放免の申請そのものを阻害するおそれがあることから、当会は、本提言に基づく出入国管理及び難民認定法改正案の成立を深く憂慮し、ここにおいて反対意見を表明する。
    • (1) まず、本提言において、送還を促進させる措置として、退去強制令書の発令を受けた者が本邦から退去しない行為に対し、刑事罰を創設すべきであるとの提言がある。
       このような刑罰の創設は、難民に該当するのに難民認定されないためにやむを得ず難民認定を複数回申請する者、退去強制令状の発令に対して抗告訴訟を提起する者等、正当に権利行使を行おうとする者が処罰対象となる可能性がある。現に、退去強制令書の発令後に、難民と認定された者や人道上の理由で在留が特別に許可された者が相当数存在する(2010年から2018年までの間に難民認定された者の約20%、人道配慮を理由に在留を許可された者の約41%が、退去強制令書発令後に認定又は許可を受けている)。
       そのため、難民該当性や在留特別許可の許否について司法判断がない段階で、退去強制令書の発令を受けた者に対し、刑事罰をもって帰国を強制することは、これらの者の裁判を受ける権利(憲法第32条、市民的及び政治的権利に関する国際規約第14条1項)を侵害するおそれがあるというべきである。
    • (2) 次に、本提言において、送還の回避を目的とする難民認定申請者に対し、送還停止効の例外を創設すべきであるとの提言がある。
       しかしながら、そもそも、日本における難民認定率は2011年以降0.5%以下であり、諸外国に比べて極めて低く、現在の難民認定申請の手続自体が適正に実施されているとはいい難い状況にあることをまずは問題視すべきである。いま優先して検討すべきことは、難民認定制度の改善であって、不適切な制度のもとで、難民として認定されず、やむを得ず難民認定を複数回申請せざるを得ない者を難民制度の濫用者等とみなして、送還停止効の例外を創設して適用することではない。
       このような例外を許すことは、本末転倒な結果をもたらすだけでなく、迫害を受けるおそれのある領域に送還してはならないとする難民の地位に関する条約第33条1項(ノン・ルフールマンの原則)に反する可能性すらあることに留意すべきである。
    • (3) 最後に、本提言は、仮放免された者が逃亡した場合に対する刑事罰を創設すべきであるとの提言がある。
       現在、既に逃亡した仮放免者に対しては保証金の没取措置がすでに予定されており、新たに刑事罰を創設する必要はない。むしろ、このような刑事罰を置いた場合には、仮放免申請手続や仮放免後の生活を支援する者が共犯として処罰される可能性があり、人道行為や正当な権利擁護活動を萎縮させる効果をもたらし、仮放免の申請自体を困難ならしめることとなる。
       仮放免された者が逃亡しないようにするためには、仮放免された者が逃亡する主たる理由と想定される仮放免中の経済的困窮に対し、仮放免された者の生存権(憲法第25条)を尊重する観点から、仮放免に就労禁止条件を全面的に付与する現在の運用を改め、仮放免された者が逃亡する必要がない前提条件を提供することこそが重要である。
  3.  以上の理由から、当会は、本提言に基づく出入国管理及び難民認定法改正案に強く反対するとともに、長期収容問題の解決にあたっては、罰則等による威嚇ではなく、難民の地位に関する条約を批准・加入した趣旨に照らし、難民申請制度の改善や仮放免者に対する就労禁止条件の緩和など、より実効的な制度設計を行うことを求める。

2020年(令和2年)12月7日
札幌弁護士会
会長 砂子 章彦

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