黙秘権を実質的に侵害する取調べおよび被疑者ノート及びこれに準ずる文書の検査を行わないよう周知・徹底することを求める申入書
北海道警察本部 御中
令和3年8月16日
札幌弁護士会
会長 坂 口 唯 彦
第1 申入れの趣旨
1 被疑者が黙秘権の行使を宣言した場合,取調べを継続し,供述するよう説得することは厳に控えられたい。
2 取調べの内容や弁護人との接見内容を記録した被疑者ノート及びこれに準ずる文書を検査することは厳に控えられたい。
第2 申入れの理由
1 黙秘権を実質的に侵害する取調べ
身体拘束されている被疑者が黙秘権の行使を宣言しているにもかかわらず,連日,長時間に及ぶ取調べが行われ,黙秘の方針を撤回し,供述するよう執拗に説得を受けたとの報告が当会に多数寄せられている。
また,在宅捜査中の被疑者についても,黙秘権の行使を宣言しているにもかかわらず,供述するよう執拗に説得を受け,複数回の取調べの後,出頭を拒絶してもこれを認めず,更に出頭することを命じられたという報告も複数寄せられている。
憲法38条1項は,「何人も,自己に不利益な供述を強要されない。」と規定して黙秘権を保障しており,警察官が被疑者を取り調べる際には,逮捕権や捜索差押権等の強制力のある公権力を背景とする自らの立場を自覚し,黙秘権という被疑者の憲法上の権利に留意しつつ,相当な範囲内でこれを行わなければならないのは当然である。
黙秘権の行使を宣言している被疑者に対し,時に被害者や被疑者の家族のことを持ち出すなどして被疑者を精神的に追い詰めたり,黙秘権を行使すると重大な不利益が生じるなどの脅迫とも言える発言をしたりするなどし,執拗に供述するよう説得することは,黙秘権の侵害に他ならず,国家賠償法1条1項の適用上も違法の評価を受けるものである。
黙秘権を行使する被疑者に対し,執拗な説得が繰り返され,黙秘権を実質的に侵害する違法な取調べがなされることは常態化していると言っても過言ではない。よって,取調べの適正化を図り,黙秘権を侵害する取調べがなされることのないよう,周知・徹底をしていただくべく,本申入れをした次第である。
2 被疑者ノートの検査
本年7月6日午前9時頃,北海道警察本部留置施設内において,弁護人が差し入れ,被疑者が弁護人との接見内容等を書き込むなどして使用していた被疑者ノートを,被疑者が明確に反対の意思を示していたにもかかわらず,留置担当警察官が被疑者の監視外に持ち去り,10分以上経過してから被疑者に返却するという出来事があったとの報告が当会になされた。
被疑者ノートは,被疑者である被留置者が,弁護人との接見に備えて取調べの内容や疑問点,意見等を記載し,あるいは接見の内容を記載するための文書であり,面会時における口頭の意思疎通を補完し,またはこれと一体となって弁護人の援助の内容となるものである。
被疑者と弁護人との接見交通権及び秘密交通権の重要性,被疑者ノートの性質に照らせば,刑事収用施設法212条1項に基づき留置担当官が被留置者の所持品を検査する場合であったとしても,被疑者ノートの秘密の保護のための可能な限りの配慮をすることは,職務上当然に義務付けられているものである。
上記留置担当警察官が,被疑者の明示の意思に反して被疑者ノートを被疑者の監視外に置いた行為は,接見交通権及び秘密交通権を侵害する違法なものである。更に,上記被疑者は,黙秘権を行使した上,弁護人との接見に備え,自らの記憶する事実を被疑者ノートに記載していたとのことであるから,被疑者ノートの検査は,黙秘権をも実質的に侵害する違法・不当な行為である。
被疑者ノート及びこれに準ずる文書の検査を行うことは許されず,二度と同様の事案が発生することのないよう周知・徹底していただくべく,本申入れを行うものである。
以上