声明・意見書

札幌市において人種差別やヘイトスピーチの根絶と人種に基づく差別意識解消のための実効的な条例の制定を求める意見書

2022年(令和4年)9月27日

札幌弁護士会      
会長  佐 藤  昭 彦

第1 意見の趣旨

  1.  当会は、札幌市及び札幌市議会に対し、人種差別やヘイトスピーチの根絶、人種に基づく差別意識解消のための実効的な条例を制定し、これらを実現するための施策を実施することを求める。
  2.  右条例においては、以下の内容を定めるべきである。
    (1) 人種等に基づく差別を根絶すべき旨の宣言
    (2) ヘイトスピーチの根絶について

    ア ヘイトスピーチの定義

    イ 基本方針の策定等

    (ア)基本方針の策定

    (イ)推進体制の整備及び財政上の措置

    (ウ)施策の策定及び実施のための実態調査

    (エ)年次報告

    ウ 具体的政策

    (ア)相談体制の整備

    (イ)紛争の防止及び解決のための体制整備

    (ウ)札幌市民による活動の促進

    エ インターネットを通じて行われるヘイトスピーチ等の根絶に 向けた取組

    オ ヘイトスピーチの拡散防止措置及びヘイトスピーチにかかる札幌市の認識等の公表(以下「認識等の公表」という)の制度の設置

    (3) 人種差別の根絶や偏見解消のための教育啓発活動について
    (4) 差別防止対策協議会の設置

  3.  なお、条例を制定するに際しては、憲法上の重要な人権である表現の自由が不当に制約されることのないように適切な制度設計がなされるべきである。

第2 意見の理由

  1.  我が国におけるヘイトスピーチの実情やその他差別解消に向けた対策について

    (1) 我が国においては、2007年(平成19年)ころから、主に在日朝鮮人等を対象にしたヘイトスピーチが社会問題化するようになった。※1

    (2) このような状況を受けて国連の自由権規約委員会は2014年(平成26年)8月20日付「日本の第6回定期報告に関する総括所見」において、人種差別的な攻撃を防止し、また、加害者を徹底的に捜査・訴追、処罰するため全ての必要な措置を講ずるよう日本政府に対して勧告を行った。
     また同じく国連の人種差別撤廃委員会も、同年9月26日付総括所見において、人種差別を禁止する包括的な特別法を制定すること等を勧告した。

    (3) 日本弁護士連合会は、2015年(平成27年)5月17日付で「人種等を理由とする差別の撤廃に向けた速やかな施策を求める意見書」を発表した。

    (4) このような国内外での世論の高まりを受けて、2016年(平成28年)5月24日、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(いわゆるヘイトスピーチ解消法)」が成立した。
     同法は、前文において、ヘイトスピーチの対象となっている人々が「多大な苦痛を強いられている」とした上で「このような不当な差別的言動はあってはならず」と宣言するとともに、第4条第2項において、「地方公共団体は、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組に関し、国との適切な役割分担を踏まえて、当該地域の実情に応じた施策を講ずるよう努めるものとする。」と地方公共団体の責務を規定した。

    (5) ヘイトスピーチ解消法の制定と施行を踏まえ、それぞれの自治体での同法の具体化が進み、それぞれの地域の実情に応じ、2018年(平成30年)10月5日には、東京都において「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念実現のための条例」が制定され、さらに、2019年(令和元年)12月16日には川崎市において「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」が制定されている。

    (6) 2019年(平成31年)4月には、アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律(いわゆるアイヌ新法)が制定され、アイヌ民族が「日本列島北部周辺、とりわけ北海道の先住民族」であるとされた。

    (7) 札幌弁護士会では、2016年(平成28年)5月27日、「ヘイトスピーチ対策法の成立を踏まえての会長声明」を発表し、右声明中において「今後もヘイトスピーチの根絶に向けて全力を尽くしていく決意を表明」するとともに、同年10月28日には「ヘイトスピーチを許さない!~差別のない社会を目指して~」と題するシンポジウムを開催した。
     また、同年7月22日、北海道弁護士会連合会も「ヘイトスピーチの根絶に向けての宣言」を採択した。

    (8) 他方で札幌市ではヘイトスピーチの根絶等に向けた実効的な取組は行われていない。
     札幌市は、国際分野に力を入れるため「国際化推進プラン」を策定しており、札幌市として、現在ある差別問題を解決し、人種差別のない、相互に理解し得る誰にとっても住み心地のよい札幌市を築いていくため、札幌市には具体的な取組を実行することが求められている。
     さらに、札幌市議会は2022年(令和4年)3月30日、札幌市が目指す2030冬季五輪・パラリンピック招致を支持する決議案を賛成多数で可決した。
     五輪招致の是非については市民の間にも様々な意見があるところではあるが、仮に招致を進めることになるのであれば、オリンピック憲章に差別禁止が謳われている※2ことに照らしても、ヘイトスピーチをはじめとする差別根絶のための対策を取ることは尚更に喫緊の課題となる。

  2.  北海道及び札幌市におけるヘイトスピーチや差別的言動の実情等について

    (1) 先に述べた「ヘイトスピーチに関する実態調査報告書」によると、2012年(平成24年)4月から2015年(平成27年)9月までの3年6か月の期間において北海道内では従前ヘイトスピーチを行ってきた団体が主催したデモの件数は70件であった※3。同報告書によればこうしたデモが行われるのは大都市圏に集中している傾向があることから多くは札幌市で行われたことが推察される※4

    (2) 日本社会の中で生活する外国人がインターネットを利用することが不可欠であるが、先に述べた「外国人住民調査報告書-訂正版-」ではインターネット上で差別的な書込みなどを目にすることで不快にさせられたり、個別にターゲットとされたという回答が紹介されている。
     特にインターネット上は、匿名であることから規制が及びにくく、差別的表現や書込みが事実上、放置された状態となっている。
     こうしたインターネット上の差別的な発言については、意図的なもののほか、事実誤認に基づくもの、また差別的な発言との自覚なしになされているものもあるであろうと推測される。

    (3) またアイヌ民族については、2014年(平成26年)8月11日、札幌市議(当時)がインターネット上に「アイヌ民族なんて、いまはもういないんですよね。せいぜいアイヌ系日本人が良いところですが、利権を行使しまくっているこの不合理。納税者に説明できません」との書き込みを行ったところ、これが政治的発言というより差別意識に基づくものと批判され、同市議に対して札幌市議会において辞職勧告決議がなされるという出来事があった。
     また、2021年(令和3年)3月12日には民放の情報番組に出演したタレントがアイヌ民族に対する差別的発言を行い、これがBPOによって放送倫理違反と認定された。

    (4) 「ヘイトスピーチに関する実態調査報告書」によればヘイトデモ等は現在、減少傾向にあるとされ、札幌市においても同様の傾向が見られるが、しかし、これをもって解決された問題ということはできない。
     またアイヌ新法制定後も、アイヌ民族に対する差別的発言が意識的、無意識的になされている状況は続いている。
     インターネット上では、匿名であるが故に札幌市に関するものかどうか特定しづらいものではあるが、札幌市に関係がないと言い切れるものはなく、一定数、存在していることは推測されるところであるし、その実態調査も不可欠である。

  3.  小括
     以上のとおり、ヘイトスピーチ解消法が成立した後、ヘイトデモは減少傾向にあるとはいえ解決された問題とは言えず、ヘイトスピーチの被害とりわけインターネット上での被害は極めて深刻なものがある。さらに差別的な表現行為の根底にある差別意識については、事実誤認に基づくものも含め国民・市民の間にある程度見受けられるところであるし、また将来に渡って差別意識を持つことのないよう不断の努力も不可欠である。
     各自治体においてもそれぞれの実情に応じたヘイトスピーチ根絶のための施策を講ずることが責務とされているのであり、札幌市としてもヘイトデモ等やインターネット上の差別に基づく誹謗中傷、人種差別意識の解消に向けた具体的な施策の実施が求められている。
     もとより、当会は2016年(平成28年)5月27日付会長声明において表明したとおり、ヘイトスピーチの根絶に向けて全力を尽くしていく決意である。
     一方で、ヘイトスピーチ根絶のための施策が言論の自由を不当に制約したり委縮させたりするようなことがあってはならず、こうした施策を行うにあたっては憲法上の重要な人権である表現の自由の保障に配慮することが不可欠である。
     そこで、当会は、以下に述べるような内容の条例が制定されることが必要かつ適切であるとの意見を発表するものである。

第3 条例の具体的内容について

  1.  人種等に基づく差別を根絶すべき旨の宣言について

    (1)  条例に盛り込むべき規定
     本条例では、人種等を理由とする差別について、これを根絶すべきことを宣言する旨の理念規定を置くべきである。
     ここで「人種等」の定義については①人種、②皮膚の色、③世系(生まれ)、④民族的若しくは種族的出身、⑤国民的出自または国籍とすべきである。

    (2) 理由

    ア 理念規定の設置について
     本条例はヘイトスピーチの根絶及び私たちの中にもある人種差別意識や誤解に基づく偏見などの解消を目指すものであるが、その大前提として、そもそも人種等に基づく差別(ヘイトスピーチ等の表現活動のみならず差別的取り扱いも含む)は個人の尊厳を損なうものであり根絶されるべきものであるという根本理念が存する。
     後述するヘイトスピーチに対する拡散防止措置及び認識等の公表の制度も、この根本理念がヘイトスピーチの場面において発露したものである。
     したがって、本条例の冒頭において、人種等に基づく全ての差別について根絶すべき旨の根本理念を確認しておくべきである。

    イ 人種等の定義について
     ヘイトスピーチ解消法は、不当な差別的言動の対象者として「本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの」と定義しているところ、この文言を文字通り理解すると、我が国内のアイヌ民族等の少数民族や正式な在留資格が認められていない外国人等が含まれないことともなりかねない。
     2019年(平成31年)に成立したいわゆるアイヌ新法第4条で「何人も、アイヌの人々に対して、アイヌであることを理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない。」と定められていること、在留資格がないというだけで人種差別を受けても良いということにならないのは自明のことであるから、本邦外出身要件や適法居住要件によって人種差別とされるものを限定することは甚だ不合理である。
     この点、ヘイトスピーチ解消法の制定に際しては、衆参両議院において、同法が「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」以外のものを許容する趣旨ではなく、同法の趣旨、日本国憲法及びあらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約の精神に鑑み、適切に対処することが求められている旨の附帯決議がなされており、各条例において本邦外出身要件や適法居住要件を課さない定義規定を設けることが同法に反するものではない。
     そして、人種差別撤廃条約前文においては「すべての人がいかなる差別をも、特に人種、皮膚の色又は国民的出身による差別を受けることなく同宣言(世界人権宣言)に掲げるすべての権利及び自由を享有することができること」、「すべての人間が法律の前に平等であり、いかなる差別に対しても、また、いかなる差別の煽動に対しても法律による平等の保護を受ける権利を有すること」と規定されている。 
     さらに、人種差別撤廃条約第1条第1項は、「人種差別」の定義を「人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するものをいう」と定めている。
     以上に鑑みると、本条例において「不当な差別的言動」の要件となる「人種等」の定義については、ヘイトスピーチ解消法における本邦外出身要件、適法居住要件に限定すべき合理的理由はなく、アイヌ新法の制定や人種差別撤廃条約前文及び第1条第1項に鑑み、①人種、②皮膚の色、③世系(生まれ)、④民族的若しくは種族的出身、⑤国民的出自又は国籍(以下「人種等」という)と明確に示すべきである。※5

  2.  ヘイトスピーチ(行為類型)の定義(要件)について

    (1) 条例に盛り込むべき規定

    ア ヘイトスピーチの定義(要件)
     本条例において、ヘイトスピーチの要件は、次のように定められるべきである。
    ① 人種等に関する共通の属性を有する者に対して
    ② 差別意識を助長し又は誘発する目的で 
    ③ 当該人種等に属することを理由として
    ④ 公然と
    ⑤ 次に掲げるいずれかの表現活動を明示的に行うこと
     ⅰ 生命、身体、自由、名誉又は財産に危害を加える旨を告知する
     ⅱ 著しく侮蔑する
     ⅲ 地域社会から退去させることをあおり、又は告知する

    イ ヘイトスピーチが決して許されないものであることの宣言
     市は、前項で定義したヘイトスピーチについては、このような表現活動は決して許されない旨の宣言を行うべきである。

    (2) 理由

    ア ヘイトスピーチの定義(要件)
     先に述べた通り、解消法における「不当な差別的言動」の定義は、言動の対象となる者について本邦外出身要件や適法居住要件で限定することに合理性はなく、ここでは表現活動の対象を「人種等」とした。
     他方で本条例においては、ヘイトスピーチに該当する表現活動を行ったと認定されることが、後述する拡散防止措置及び認識等の公表の制度の適用につながりうるため、表現の自由の保障の観点から、その要件については一定の絞り込みが必要である。
     また、これらの表現活動類型について含意や隠喩までも対象とするとなると、拡散防止措置及び認識等の公表の制度の適用対象が過度に広汎となるおそれもあるため、表現の自由の保障の観点から、「明示的に」との文言による限定を付すべきである。

    イ ヘイトスピーチが決して許されない旨の宣言
     ヘイトスピーチ解消法においても、「不当な差別的言動」につ いては、前文において「ここに、このような不当な差別的言動は許されないことを宣言する」との言及がなされているところ、本条例においてはこの点を一層明確化すべく、ヘイトスピーチが決して許されない旨を宣言し、札幌市としての姿勢を明確に示すべきである※6

  3.  基本方針の策定等

    (1) 基本方針の策定
     本意見書で提言する条例の内容は、人種等に基づく差別を根絶すべき旨の宣言、ヘイトスピーチが決して許されない旨の宣言、ヘイトスピーチに対する拡散防止措置及び認識等の公表の制度の設置、相談体制の整備、教育の充実、啓発活動、インターネットを通じて行われるヘイトスピーチの根絶に向けた取組等、多岐にわたる施策について定めるものである。
     これらの施策は、札幌の行政において総合的かつ一体的に推進されるべきものであるから、その全体について基本的な方針を定め、これに則って行われる必要がある。
     なお、基本方針の策定に際しては、後述する協議会の意見を聴取しなければならないこととすべきである。

    (2) 推進体制の整備及び財政上の措置
     本条例で予定された種々の施策を実施するためには、施策を担当すべき部署の設置など組織・人事における推進体制の整備に加え、各施策を実施するうえでの財政上の措置が必要であるから、こうした推進体制の整備と財政上の措置を講ずるべきことを条例の明文上定めておくべきである。

    (3) 施策の策定及び実施のための実態調査
     市は、本条例において定められた各施策の策定及び実施を実効的なものとするため、札幌市における人種等を理由とする差別行動の実態を正確に把握するための調査を行うこととする。

    (4) 年次報告
     市は、前項に基づく札幌市での人種差別行動を調査した結果や、そのために市が講じた施策、設置した相談窓口への相談の概要、その対応など年次報告書を作成することとする。
     市は、作成した年次報告書及び付属資料を市議会に提出するとともに原則として公開する。

  4.  人種差別やヘイトスピーチの根絶に向けた具体的政策

    (1) 相談体制の整備義務
     自治体が人種差別やヘイトスピーチ被害に関する相談を適切に行う体制を整備することは、被害実態の把握及び被害救済のうえで不可欠である。
     ヘイトスピーチ解消法第5条第1項においても、「地方公共団体は、国との適切な役割分担を踏まえて、当該地域の実情に応じ、本邦外出身者に対する不当な差別的言動に関する相談に的確に応ずるとともに、これに関する紛争の防止又は解決を図ることができるよう、必要な体制を整備するよう努めるものとする。」との責務が定められている。
     これを踏まえて本条例では、人種差別やヘイトスピーチに関する相談に的確に応ずるための態勢の整備を行うことが必要である。※7
     相談に的確に応ずるためには、人種差別撤廃条約、ヘイトスピーチ解消法及び本条例の内容を正しく理解した者が相談に対応できるような相談体制の充実が不可欠であり、実際の相談担当にあたる者には十分な研修を実施するなどの施策も必要である※8。また、各種窓口(人権擁護局や弁護士会など)でたらい回しにならないよう関係機関との協議による相談体制を構築することも必要である。

    (2) 紛争の防止及び解決のための体制整備義務
     人種差別やヘイトスピーチ被害については、単に相談を受けるにとどまらず、必要に応じて適切に紛争を解決するための体制が整備されていなければ、差別根絶のための取組として実効性を持ちえない。
     この点、ヘイトスピーチ解消法第5条第1項においても、「地方公共団体は、国との適切な役割分担を踏まえて、当該地域の実情に応じ、本邦外出身者に対する不当な差別的言動に関する相談に的確に応ずるとともに、これに関する紛争の防止又は解決を図ることができるよう、必要な体制を整備するよう努めるものとする。」との責務が定められている。
     これを踏まえて、札幌市はヘイトスピーチに関する紛争の防止又は解決を図ることができるよう必要な体制を整備すべきである※9
     特に個別の差別的表現活動に対する被害救済にあたっては、新たな機関の設置のみならず、事案の内容や相談者の意向に応じて、弁護士を紹介する、地方法務局に回付するといった、第三者との協力体制も不可欠である。 
     また、個別被害の救済のために弁護士の助力が必要と判断された場合は、市による弁護士費用等の援助(償還不要)の制度化をも検討すべきである。

    (3) 札幌市民による活動の促進
     ヘイトスピーチの解消は、行政のみが実施する施策で足りるというものではない。多くの市民との共同が不可欠であり、市民の自発的な取組を支援していくことも差別解消に向けて重要である。
     ヘイトスピーチ解消法第3条も、国民自身の責務として「国民は、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消の必要性に対する理解を深めるとともに、本邦外出身者に対する不当な差別的言動のない社会の実現に寄与するよう努めなければならない。」としている。
     札幌市としては、こうした札幌市民によるヘイトスピーチ根絶や差別解消に向けた主体的な活動を促進するために、自治体としての積極的な支援を行うことが求められる。
     このため、本条例では、札幌市民によるこうした主体的活動の促進のために必要な措置を講ずることとすべきである。※10

  5.  インターネットを通じて行われるヘイトスピーチ等の根絶に向けた取組

    (1) 取組の必要性
     インターネットは、多種多様な意見が自由に交わされる言論空間として重要な表現の場であり、自由闊達な議論が保障されるべきである。
     他方で、既存のメディアと異なりインターネットは誰でも匿名で簡単に書き込むことが可能なうえ、いったん掲載された情報が瞬時に広範囲に拡散するという特殊性を有する。インターネット上におけるヘイトスピーチについては、人種差別的な言辞のみならず、人種差別に基づく悪質なデマも流布されており、意図的に差別を煽るものが依然として見られる。これらはヘイトスピーチ解消法施行後も放置されてきた状況である。
     インターネット上のヘイトスピーチを放置することは地域社会の深刻な分断につながる危険を有する。ヘイトスピーチ解消法についての衆参両院における附帯決議においても、「インターネットを通じて行われる本邦外出身者等に対する不当な差別的言動を助長し又は誘発する行為の解消に向けた取組に関する施策を実施すること」とされている。
     インターネット対策は国が率先して取り組むべき課題の一つではあるが、札幌市においてもそこに居住する外国人・民族的少数者に対する差別を煽るような書き込みやデマに対して国任せではなく積極的に地域の実情を踏まえた措置を講ずる必要がある。

    (2) 取組の内容
     具体的には、インターネット上において札幌市にかかわるヘイトスピーチを内容とする書き込み、SNSへの投稿、動画のアップロード等(以下「書き込み等」という)がなされていた場合、市長は後述の拡散防止措置を講ずるとともに認識等の公表を行う。

  6.  拡散防止措置及び認識等の公表の制度について

    (1)  条例に盛り込むべき規定

    ア はじめに
     本条例では、ヘイトスピーチに該当する表現活動のうち、次のイのような行為態様で行われたものについて、市長が次のウのような拡散防止措置及び認識等の公表を行うことができる規定を設けるべきである。

    イ 行為態様

    (ア)公共の場所での表現活動
    ① 市の区域内の道路、公園、広場その他の公共の場所において
    ② 次のいずれかの手段による表現活動
     ⅰ 拡声器を使用する
     ⅱ 看板、プラカード等を掲示する
     ⅲ ビラ、パンフレット等を配布する
     ⅳ 多数の者が一斉に大声で連呼する

    (イ)インターネット上の表現活動
     インターネットその他の高度情報通信ネットワークを利用する方法による表現活動(他の表現活動の内容を記録した文書、図画、映像等を不特定多数の者による閲覧又は視聴ができる状態に置くことを含む。以下「インターネット表現活動」という。)のうち次のもの
    ① 市の区域内で行われたインターネット表現活動
    ② 市の区域外で行われたインターネット表現活動(市の区域 内で行われたことが明らかでないものを含む。)のうち次のいずれかに該当するもの
     ⅰ 表現の内容が特定の市民等(市の区域内に住所を有する 者、在勤する者、在学する者その他市に関係ある者として規則で定める者をいう。以下同じ。)を対象としたものであると明らかに認められるもの
     ⅱ ⅰに掲げるもの以外のインターネット表現活動であって、市の区域内で行われたヘイトスピーチの内容を市の区域内に拡散するもの

    ウ 拡散防止措置と認識等の公表について
     市長による調査の結果、拡散防止措置及び認識等の公表の制度の対象となり得る表現活動が行われた事実が認定された場合、市長は、こうした表現活動が記載された看板や掲示物について撤去依頼を行う、あるいはヘイトスピーチに該当する表現活動の書き込み等がなされたインターネットサイトを管理するインターネットサービスプロバイダ―等の事業者に対してこれらの書き込み等の削除を要請する等の当該表現活動の拡散防止のために必要な措置を講ずるとともに、当該表現活動が行われた日時、場所、表現活動の内容、当該表現活動がヘイトスピーチと認定されたこと及びその判断理由について、札幌市としての認識を公表するものとすべきである。
     ただし、当該表現活動の内容についてこれを公表することがむしろ本条例の目的を阻害すると認められるときは、公表しないことができるものとすべきである。

    (2) 理由

    ア ヘイトスピーチ解消法第4条第2項は、地方公共団体に対し、不当な差別的言動の解消に向けた取組に関し、当該地域の実情に応じた施策を講じるよう求めている。
     この点、ヘイトスピーチ解消法の成立以後も札幌市においてヘイトスピーチを伴うデモやインターネット上における差別的な書き込み等が行われていることがある。
     また、実際に今後、外国人や少数民族など多くの人たちが札幌市で居住するにあたり、住み心地の良い札幌市を作り上げていくことが大切である。
     人種差別やヘイトスピーチの根絶のため、札幌市としてもそれがヘイトスピーチに該当するものに対して具体的に対処することが求められている。

    イ ヘイトスピーチへの対処に関する他の自治体における状況を見るに、川崎市では2019年(令和元年)12月12日、50万円を上限とした罰金刑を含む条例※11が制定・施行された。
     また大阪市※12、東京都※13、愛知県※14等の自治体においては、ヘイトスピーチが行われた場合に、こうした表現活動の拡散防止措置を講ずること、表現活動を行った者の氏名や表現活動の概要等を公表すること等を定めた条例が設けられている。
     以上のような他の自治体の取組をも参考に、本意見書では、ヘイトスピーチ根絶の必要性と表現の自由の保障の必要性の均衡に配慮したうえで、東京都条例や愛知県条例と同様に、ヘイトスピーチの拡散防止措置及び表現活動についての認識等の公表を行う制度の創設を提言する。

    ウ もっとも、市民生活のあらゆる場面における表現活動が右制度の対象となるとすると範囲が過度に広汎になる懸念もあるため、これらの制度の対象となる表現活動については行為態様について限定を施し、いわゆるデモや街宣及びインターネット上で表明されたものに限られることとすべきである。

    エ 拡散防止措置の具体的な内容としては、ヘイトスピーチに該当する表現活動が前掲のような行為態様で行われた場合、こうした表現活動が記載された看板や掲示物について撤去依頼を行うこと、あるいはヘイトスピーチに該当する表現活動の書き込み等がなされたインターネットサイトを管理するインターネットサービスプロバイダ―等の事業者に対して、これらの書き込み等の削除を要請することとすべきである。
     こうした撤去依頼や削除要請については、法的強制力を伴わないものの、自治体からの要請があることで積極的に撤去や削除に応じることが期待できる。

    オ 認識等の公表の制度の具体的な内容としては、ヘイトスピーチに該当する表現活動が前掲のような行為態様で行われた場合、札幌市は、当該表現活動が行われた日時、場所及び表現活動の概要、当該表現活動がヘイトスピーチに該当する旨の札幌市の認識及び表現活動の拡散を防止するために講じた措置の概要を公表するものとすべきである。
     こうした認識等の公表を行う目的は、ヘイトスピーチと認定した表現活動について、事案の概要、それがヘイトスピーチに該当するものである旨の自治体としての認識、拡散防止のために講じた措置等を公表することで、こうした表現活動がヘイトスピーチであり許されないものであるとの認識を札幌市民の中で共有することにある。
     もっとも、表現活動の内容によっては、それを公表すること自体が二次加害を惹起しうるなど、ヘイトスピーチの根絶という本条例の趣旨に沿わない結果となりうることが見込まれる場合等は、当該表現活動の内容については公表しないことができるものとすべきである。

    (3) 審査会の設置
     拡散防止措置及び認識等の公表の制度を実施するに際しては、行政による恣意的な判断を回避しヘイトスピーチの根絶と憲法上の表現の自由の適切な調和が図れるよう、表現の自由、人種差別の撤廃等に関し専門的知見を有する者(学識経験者、法律実務家等)によって構成される審査会を設置することとすべきである。
     そして市長は、拡散防止措置及び認識等の公表の制度の実施にあたっては、この審査会から意見聴取をすることが義務づけられ、ヘイトスピーチの認定の判断に際して審査会の意見を尊重しなければならず、仮に審査会の意見と異なる認定を行う場合にはその理由を公表しなければならないこととすべきである。
     また審査会は審査を行うに際しては、対象となった表現活動等を行った者に対して、必要に応じて意見申述の機会を与えることができるものとすべきである。

  7.  人種差別根絶や偏見解消のための教育啓発活動

    (1) 少数者差別に関する教育の充実
     我が国におけるマイノリティに対するヘイトスピーチを含む人種差別の根底には、マイノリティに対する偏見や誤解があり、とりわけ我が国において明治維新以降に他国への植民地支配政策を行い、その結果として朝鮮人が日本本土に渡ってきた歴史的経緯の中で特別永住者として居住することが認められていること、またアイヌを含む国内少数民族に対する差別や同化政策が行われてきたといった歴史について、適切な知識の受継及び教育がなされて来なかったことが背景となっていることを指摘せざるを得ない。
     例えば、関東大震災に際しての朝鮮人虐殺がデマだといった言説、在日朝鮮人が日本の植民地政策と無関係に日本国内にいるのは自らの意思によるといった言説、あるいはアイヌ利権というような発言やアイヌ民族はもはや存在しないといった言説等も、先述したような適切な知識の受継及び教育の欠如に由来するものである。
     したがって、人種差別意識を解消していくために教育の果たす役割は極めて大きく、地方公共団体による積極的な取組が強く要請される。
     またヘイトスピーチ解消法第6条第2項においても、「地方公共団体は、国との適切な役割分担を踏まえて、当該地域の実情に応じ、本邦外出身者に対する不当な差別的言動を解消するための教育活動を実施するとともに、そのために必要な取組を行うよう努めるものとする」との責務が定められている。
     このため、本条例でも、札幌市においてヘイトスピーチ根絶や差別解消に向けた教育を充実させるべき責務があることを明文で定めるべきである。※15

    (2) 啓発活動の実施
     学校教育活動ももとより重要であるが、差別意識は社会全体に 根ざしたものである以上、学校教育のみならず、一般市民に向けた積極的な啓発活動が重要である。
     そこで、本条例では、札幌市が人種差別やヘイトスピーチの根絶に向け、その問題点を積極的に市民に語りかけるなど広報その他の啓発活動を実施するとともにそのために必要な措置を講じなければならないこととすべきである。
     ヘイトスピーチ解消法第7条第2項においても、「地方公共団体は、国との適切な役割分担を踏まえて、当該地域の実情に応じ、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消の必要性について、住民に周知し、その理解を深めることを目的とする広報その他の啓発活動を実施するとともに、そのために必要な取組を行うよう努めるものとする」との責務が定められている。※16

  8.  差別防止対策協議会について

    (1) 差別防止対策協議会を設置すべきこと
     札幌市では、現時点においてヘイトスピーチの根絶や人種差別意識の解消に専門的に取り組む部局すら設置されておらず、残念ながらヘイトスピーチの根絶に向けた取組についての十分な経験や知見が蓄積されているとは言いがたい状況にある。
     このため、今後においてヘイトスピーチ根絶や差別解消に向けた取組を強化していく上で、具体的に提言していく組織(差別防止対策協議会、以下「協議会」)を設置することが必要である。

    (2) 協議会の職務権限について

    ア 市長は、基本方針を策定するに当たっては、協議会の意見を聴かなければならないこととすべきである。

    イ 協議会の職務権限は次のとおりとすべきである。

    (ア)市長の諮問に応じ、人種差別撤廃の推進に関する基本的かつ総合的な施策に関する事項について調査審議し、及び意見を述べること

    (イ)人種差別撤廃の推進に関する施策の実施状況について調査審議し、及び意見を述べること

    (3) 協議会の委員について 
     協議会の委員については、人種差別撤廃の問題に専門的な知見を有する学識者、法律家、人種等についての少数者等が含まれるように配慮がなされるべきである。

以上

 


 

1 2016年(平成28年)3月付で公益財団法人人権教育啓発推進センターが法務省委託調査研究事業として公表した「ヘイトスピーチに関する実態調査報告書」によると、2012年(平成24年)4月から2015年(平成27年)9月までの3年6か月の期間でヘイトスピーチを行ってきた団体等が主催したデモは1152件とされている。もっとも、これら全てがヘイトデモというわけではない。
また、同センターが2017年(平成29年)6月付で同じく法務省委託調査研究事業として公表した「外国人住民調査報告書-訂正版-」では、アンケート調査(対象15800人、回収率23.0%)によると、インターネットにおける差別的な書き込みについて日本に居住する外国人の41.6%の人が見たと回答し、また、見たことがある人のうち19.8%は、そのような書き込みを見るのが嫌でそのようなインターネットサイトの利用を控えたと回答している。

2 【オリンピズムの根本原則】6. このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、国あるいは社会的な出身、財産、出自やその他の身分などの理由による、いかなる種類の差別も受けることなく、確実に享受されなければならない。
【IOC の使命と役割 】6. オリンピック・ムーブメントに影響を及ぼす、いかなる形態の差別にも反対し、行動する。定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、国あるいは社会的な出身、財産、出自やその他の身分などの理由による、いかなる種類の差別も受けることなく、確実に享受されなければならない。

3 当該団体が主催した集会やデモの件数が70件ということであるが、一定数のヘイトデモも含まれている。

4 ヘイトスピーチ解消法制定後も、札幌市内においては、確認されている限りでも2017年(平成29年)7月、2018年(平成30年)2月等にヘイトスピーチを伴うデモが実施されている。

5 人種差別撤廃条約における「人種差別」においては⑤国民的出自又は国籍、は含まれていないところ、これは同条約における「人種差別」は、市民と非市民の間に設ける取り扱いの差異、また国籍や市民権又は帰化に関する法規等を対象外としているからである(同条約2条第3項)。しかしながら本条例において対象とするのはヘイトスピーチであるところ、ヘイトスピーチについては国民的出自又は国籍に基づくものが除外されるべき理由はないし、現実にも外国籍の者をターゲットとしたヘイトスピーチが行われているところであるため、この定義を加えたものである。

6 なお、ここで定義されたヘイトスピーチのうち、行為態様に照らして悪質性の度合いが高いと思料されるものについては、後述の拡散防止措置及び認識等の公表の制度の対象となりうる。

7 日弁連が地方自治体に対して行ったアンケート調査において、札幌市は、同条項に基づく新たな相談体制の整備について積極的な回答を行った自治体の一つである。

8 相談体制の充実にあたっては、例えば京都府では2017年(平成29年)7月より、京都府弁護士会と連携して、ヘイトスピーチ被害者向けの無料法律相談を設置しており、先駆的取組として参考になる。

9 日弁連が地方自治体に対して行ったアンケート調査において、札幌市は、同条項に基づく新たな紛争防止・解決機関の設置等について積極的な回答を行った自治体の一つである

10 具体的には、ヘイトスピーチの根絶を目的とする市民団体等による学習会やシンポジウムの共催、協賛、後援等を積極的に行うことが考えられる。

11 川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例

12 大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例

13 東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例

14 愛知県人権尊重の社会づくり条例

15 教育を充実させる施策の具体的な内容としては、学校教員の研修の中に国際人権条約やヘイトスピーチの解消に関連する内容を取り入れること、ヘイトスピーチ解消のための授業案を作成すること、インターネットに関するメディアリテラシー向上のための授業案を作成すること、当事者の話を授業に取り入れることなどが考えられる。
 また、本条にいう「教育」には学校教育にとどまらず社会人教育をも含んでいる。
 具体的には、地域に居住するマイノリティとの交流の機会を設ける、国際人権条約や人種差別に関する市民向け講座を開催するといった取組を継続的に行うことが求められる。当弁護士会としても、各教育機関への出前授業等を積極的に実践していきたいと考えている。

16 札幌市が取り組むべき啓発活動の具体的な例としては、法務省が作成した「ヘイトスピーチ、許さない」というコピーを用いたポスターやリーフレットの庁舎内への掲示、札幌市地下鉄におけるデジタルサイネージ広告への掲示、スポーツイベントでの配布、スポーツイベントにおける大型ビジョンを利用した掲示、公の施設や公園の利用申請の窓口への備え付けといった方法のほか、札幌市広報誌における啓発記事の掲載、住民向け講演会やシンポジウム等の積極的な開催等が考えられる。

 

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