声明・意見書

国旗の損壊等の処罰に関する法律案に反対する会長声明

  1.  2026(令和8)年6月16日、自由民主党、日本維新の会、国民民主党及び参政党は「国旗の損壊等の処罰に関する法律案」(以下「本法案」という。)を本国会に提出した。
     当会は2026(令和8)年1月29日付「日本国国章損壊罪の制定に反対する会長声明」を発出し、自由民主党と日本維新の会の2025(令和7)年10月20日付連立政権合意書に掲げられた「日本国国章損壊罪」の制定及び参政党の提出した刑法改正案に対し、その違憲性を明らかにした。同法案は内容が変更されている部分もあるが、その違憲性は何ら解消されていない。
     本法案は、対象となる「国旗」を「国旗及び国家に関する法律(略)に定める国旗として用いられていると社会通念上認められる有体物」と定義した上で(第1条)、「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法により、公然と国旗を損壊し、除去し、又は汚損した者」に対し、「2年以下の拘禁刑又は20万円以下の罰金」の刑罰を科すとする(第2条1項)。法案提出以前には、SNSへの投稿、ライブ配信についても、同様の刑罰を科す案が報じられていたが、本法案では除外され、今後の検討対象とされている(附則第2条)。
     しかし、本法案は、憲法19条の保障する思想及び良心の自由並びに憲法21条の保障する表現の自由に対する重大な侵害となることに加え、憲法31条の罪刑法定主義にも反するものであり、到底容認することはできない。

  2.  本法案の保護法益及び立法理由は、国旗を大切に思う国民感情という社会的法益を保護するためとされている。
     しかし、国旗に対して敬意を抱くか、批判的感情を抱くか、あるいは特段の感情を抱かないかは、個人の思想及び良心の自由に属する事柄である。特に、日本国国旗として定められた日の丸は、アジア・太平洋戦争の終結に至るまで軍国主義や国家主義の象徴として用いられたという歴史的経緯があり、そこには様々な意見、感情があるため、日本国国旗を大切に思うことが国民感情であると一般化してしまうことには問題がある。それを刑罰法規上の保護法益とすることは「国旗を大切に思う国民感情」という国旗に対する特定の敬意や尊重感情に対し、刑罰によって特別の保護を与えるものであり、個人の思想・良心の自由を保障する憲法19条の考え方とは全く相容れず、同条に違反する。

  3.  また、上記の歴史的経緯から、日の丸を批判的に扱う表現行為が、軍国主義や国家主義あるいは時の政権を批判する表現方法として用いられることも少なくない。これらの表現行為はまさに政治的表現行為であり、民主主義社会を基礎づけ、最大限に保障されるべき人権であるところ、本法案はこれらの表現行為を規制することを可能とし、また萎縮効果をもたらすものであり、憲法21条にも違反する。

  4.  さらに、本法案は、その規定の不明確性ゆえに、「刑罰法規は明確でなければならない」という罪刑法定主義(憲法31条)にも違反している。
    (1)本法案は、「社会通念上」という定義を付加することで対象を限定しようとし、その観点から、「お子さまランチの旗」「絵画の一部として描かれた旗」、アニメ・漫画・ゲーム・生成AI(人工知能)等による創作物は対象外となると説明されている。しかし、国旗を想起させる装飾物・商品・舞台美術・抗議活動用の造形物・芸術作品等との境界は不明確のままであり、これでは限定したことにもならない。むしろ本法案の立法理由から捜査機関によって拡大解釈される懸念があるため表現活動への萎縮効果は大きく、有体物に限定したとしても、国旗(日の丸)を利用した表現活動は一切できないところまで行き着きかねない。
    (2)また、損壊等の態様として「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法により」として行為者の目的には触れず、態様のみを対象としたと説明されているが、それ自体が主観的評価を伴うものであり、刑罰を科すという観点からは不明確といわざるを得ず罪刑法定主義(憲法31条)にも反する。しかも、保護法益は「国旗を大切に思う国民感情」であり、国旗を損壊する表現行為が受け手に与える不快感や嫌悪感を処罰根拠とするものであるから、捜査機関により拡大解釈される危険性が大きい。
     こうした行為を取り締まりの対象とすることは表現内容に踏み込むことになるが、表現内容に関する制約は民主主義社会において最も慎重でなければならない表現規制であるところ、この法案の保護法益からはこれを正当化しうる根拠は全くない。
    (3)加えて、「損壊」「除去」「汚損」といった行為態様が、国旗を用いた批評、風刺、パロディ、デザイン上の加工等による表現活動への萎縮効果を生じさせることは前述した当会の会長声明で指摘したとおりである。
     報道によれば、自宅でバツをつけた日の丸を自宅外に持ち出してこれを掲げて抗議する方法は処罰の対象外とする説明もなされている。しかし、かかる行為は、従来の国旗損壊罪制定を求める立場からは処罰すべき国旗損壊の典型例とされてきた行為であり、構成要件上も「損壊」又は「汚損」に該当しうるものである。したがって、かかる説明には全く意味がなく、捜査機関によって拡大解釈されていく危険があることは、治安維持法制定時に内務省警保局長が「純真なる労働運動を阻止すると言う考えは更に無いのであります」と答弁していたにもかかわらず(1925(大正14)年3月3日帝国議会)、同法により正当な労働運動をはじめとする多数の社会運動が弾圧されたという歴史的事実が示している。

  5.  本法案は「損壊」「除去」「汚損」を行った者がその状況を撮影した映像記録を不特定多数に提供又は公然と陳列する行為(インターネット上の動画配信、SNSへの投稿、画像共有等)も同様に処罰の対象とする案であったところ、この部分は修正して処罰対象から外した。しかし、本法案は、法律の施行後3年を目途として、国旗を損壊する等の状況に係る映像に関するインターネット等の利用状況等を勘案し、国旗を大切に思う国民感情を保護するのに必要かつ十分なものとなっているか等を検討することを附則として設け、将来的な処罰範囲拡大の余地を残している。
     しかし、現代において、政治的意見表明や抗議活動は、街頭での行為にとどまらず、インターネット上の動画配信、SNSへの投稿、画像共有等を通じて行われることが通常である。これらを処罰の対象とすれば、捜査機関が違法であると判断して捜査を開始できるようになり、仮に匿名発信であったとしても発信者情報を特定することも可能になるため、インターネット上での国旗を用いた政治的表現・報道・批評・市民運動の発信を萎縮させる危険が大きく、表現の自由に対する重大な制約となる。

  6.  本法案は適用上の注意として「この法律の適用に当たっては、表現の自由その他の日本国憲法の保障する国民の自由と権利を不当に侵害しないように留意しなければならない」と定められている(第3条)。
     しかし、このような注意条項が権力濫用の歯止めになることはなく、全く意味をなさないことは、これまでの当会声明で指摘してきたとおりである(2026(令和8)年1月30日付「治安維持法公布から100年を迎えた今、あらためて憲法の基本原理である国民主権・民主主義、基本的人権の堅持・尊重を求める会長声明」、2026(令和8)年5月22日付「国家情報会議設置法の制定に反対する会長声明」)。

  7.  以上のとおり、本法案は憲法19条、憲法21条及び憲法31条に違反し、民主主義の根幹をなす表現の自由を萎縮させるものであって、到底許容することができない。
     よって、当会は、国旗の損壊等の処罰に関する法律案に強く反対する。

     

  8.  2026(令和8)年6月24日
    札幌弁護士会
    会長 佐々木 潤

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