米国による国際刑事裁判所に対する制裁等に強く抗議し、 その撤回と日本政府の毅然とした対応を求める会長声明
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米国政府は、2026(令和8)年8月18日、国際刑事裁判所(以下「ICC」という。)の赤根智子所長らを米国大統領令14203号に基づく制裁対象者に指定したのに続き、同年10月9日、ICCという機関そのものを制裁対象者に指定した。これにより、ICCの米国内の資産は凍結され、米国人がICCに対して資金、物品又はサービスを提供することは原則として禁止された。
米国財務省はICCの運営の維持等に必要な取引に限り180日間の猶予を認める一般許可を発出したが、米国国務省は、この期間を、国際刑事裁判所に関するローマ規程(以下「ローマ規程」)締約国が米国の懸念に対する「外交的及び法的解決」に向けた進展を示すための期間と位置づけ、ルビオ国務長官は、「ICCがその脅威をやめるか、さもなければ我々がICCを終わらせる」と言明した。
米ドル建ての国際決済は米国内の金融機関を経由して行われるため、制裁対象者に指定されたICCは、国際金融システムの基軸であるドル建ての取引から締め出されることになる。そのため今回の制裁は、ICCの活動を支える資金の流れを外部から断ち切ることによって、その存立基盤そのものを破壊しようとするものである。さらに、一般許可の存続中であっても、金融機関や民間企業が制裁違反の危険を避けるためにICCとの取引そのものから手を引く動きは避けがたく、その圧力は日を追って強まる。125の締約国の分担金によって運営される常設の国際裁判所を一国の国内法上の措置によって機能停止に追い込むことは、国際社会全体の決定を一国の経済力によって覆すことにほかならない。 -
当会は、2025(令和7)年6月9日付け会長声明において、ICC関係者に対する制裁が、司法機関の独立性に対する不当な干渉であり、ICCそのものの存続を脅かすものであると指摘した。赤根所長も、8月の制裁を受けて、「ICCに対する制裁は単にICCのみの問題ではなく、まさに法の支配の危機として捉えていただきたい」と警告していた。その警告から2か月足らずでICC本体に制裁が加えられた今、当会が危惧した事態は現実のものとなった。このような制裁は、ICCと関わりを持つ弁護士、NGO、証人等にも重大な萎縮効果を及ぼし、重大な国際犯罪の責任追及、公正な裁判及び被害者救済を著しく困難にする。
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当会は、今回の制裁が、次の三つの意味において、法の支配と正義に反するものであることを指摘する。
第一に、今回の制裁は、司法の独立を侵害する。法の支配とは、いかなる権力も法に服し、法の解釈と適用は、政治的・経済的圧力から独立した裁判所に委ねられるという原理である。米国は、ローマ規程の非締約国である米国及びイスラエルの国民に対するICCの管轄権行使を問題とするが、ローマ規程は、締約国の領域内で行われた犯罪について、被疑者の国籍を問わずICCの管轄権を認めている(第12条第2項(a))。管轄権に異論があるのであれば、規程が定める異議の申立て(第19条)等の手続の中で争われるべきであり、司法判断に不服があることを理由に裁判所そのものを経済的威圧によって破壊しようとすることは、法による紛争解決の否定である。
第二に、今回の制裁は、法の下の平等を否定する。ICCは、たとえ国家元首等の権力者であっても、重大な国際犯罪を行えば個人として刑事責任を問われるという原則を確立するために設立された。「自国民は決して裁かせない」という立場を裁判所の機能停止という手段によって貫くことは、強者を法の例外とすることにほかならない。裁かれる者を力の大小によって選別することは、法の下の平等に反するばかりか、法ではなく力による支配となる。
第三に、今回の制裁は、国際犯罪の被害者を救済する途を奪う。国家が訴追の意思又は能力を欠く場合に初めて機能するという補完性の原則の下、ICCは文字どおり「最後のとりで」であり、その機能停止は、重大犯罪の被害者から、唯一残された救済の途を奪う。 -
ICC本体に対する制裁には、国際社会から広範な批判が示されている。国連事務総長は、これを国際刑事司法に対する深刻な打撃であるとして非難し、国連人権高等弁務官は「容認できない」と述べ、ICC所在地国であるオランダ及び欧州連合は、ICCを守るための具体的措置を講ずると表明した。米国と安全保障上緊密に連携する国々までもが反発したのは、国際正義が一国の都合によって力で左右されることへの危機感を共有したからにほかならない。
そのうえ、米国によるICC本体への制裁は、ノルウェー・ノーベル委員会が、元ICC判事のナビ・ピレイ氏に対し、「平和と国際法の促進のための努力」を理由として2026(令和8)年のノーベル平和賞を授与すると発表した、まさにその日に行われた。同委員会は、秩序と混沌の境界線を守る裁判官たちが制裁を受け、その機関が攻撃される中で、私たちには勇気、先見の明、そして決意を持った人々が必要であると述べた。国際刑事司法に身を捧げた法律家が平和賞を受けた同じ日に国際刑事裁判所そのものが制裁の対象とされたという事実は、今日、法の支配が何によって脅かされているかを端的に示している。 -
日本は、カナダ、デンマーク、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ及び英国とともに、8か国外相による共同声明に参加し、米国による制裁を「遺憾とし、強く反対する」との立場を表明した。高市早苗首相も、今回の措置は「日本の立場と相いれるものではなく、深く懸念している」とした上で、米国への働きかけを続け、ICCがその本来の役割と機能を果たせるよう必要な支援を行うと表明した。
しかしながら、日本政府は、今回の制裁が司法機関の独立に対する不当な干渉であり、法の支配と正義に反し国際法上許容されないものであるとの認識を明確には示しておらず、米国に対して制裁の撤回を正式に求めるには至っていない。また、米国は180日の猶予期間を設けて、ICCの管轄権及び独立性そのものを締約国との交渉の対象に据え、制裁の解除や撤回と引き換えにICCの在り方を変えさせようとしている。締約国がこの交渉に応じれば、ICCの独立性を損なう形での「解決」に加担することになる。「法の支配」を外交政策の柱に掲げ、ICCの最大の分担金拠出国である日本こそが、国際社会の先頭に立ってICCを擁護すべきであり、米国の要求に応じる側に立たされるのではなく、制裁の撤回を求める側に立たなければならない。 -
裁判官、検察官、弁護士その他の法律家が、報復又は経済的圧力から自由に職務を遂行できることは、基本的人権の擁護と社会正義の実現のための不可欠の前提であり、法の支配に直結するものである。正義は、それが強者にも等しく及ぶときにのみ、正義の名に値する。当会は、重大な国際犯罪の被害者が、関係国の政治力又は経済力の大小によって司法への道を閉ざされることのない、法の支配に基づく国際社会の実現を求めるものである。
以上から、当会は、米国政府に対し、ICC及びその関係者に対する一連の制裁指定(以下「本件制裁」という)をすべて直ちに撤回し、ICC、その職員及び関係者に対する威圧その他の圧力を停止することを求める。
そして、日本政府に対し、次の対応を求める。
① 本件制裁がICCの独立性及び公平性に対する容認できない干渉であり、法の支配と正義に反し国際法秩序の基盤を損なうものであることを明確に表明し、米国政府に対して制裁の撤回を正式に求めること。
② ICCの管轄権及び独立性を損なう内容の「解決」に加わらず、ローマ規程の完全性を堅持すること。
③ 関係国・機関と連携し、本件制裁からICC及びその関係者を保護するための具体的措置(日本の金融機関及び企業がICCとの取引を継続できるようにするための指針の策定等)を講ずること。
④ ICCが本件制裁の下においても活動を継続できるよう、ICCに対する人的、財政的及び技術的支援を一層拡充すること。以上
2026年11月4日
札幌弁護士会
会長 佐々木 潤













