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9月1日、道内出身のハンセン病の元患者で構成される青森市の松丘保養園道民会の会長である桂田博祥さんが、北海道庁を訪れ、高橋はるみ北海道知事に対し、「北海道のハンセン病問題に関する検証会議」の設置を要望した。
これに対して、同知事は、9月4日の記者会見において、「第三者も入れた機関をつくり、しっかり検証していきたい。」として、元患者の要望に応じる考えを示した。
戦前、富国強兵策の中で患者に対する隔離政策が行われ、1931年(昭和6年)には改正らい予防法が制定されて「無らい県運動」が起こり、行政、警察、マスコミ、市民が一体となって患者を療養所に閉じこめる患者狩りが行われた。しかも療養所とは名ばかりで、患者は、患者らの包帯巻きや炊事、農業、養豚などの労働を強制された。また、らい病は遺伝が原因であると言われていたため、子どもを産むことが禁じられ、断種、強制堕胎が行われた。
北海道におけるハンセン病患者も、強制隔離施設に入所させられ、故郷の家族は村八分的な仕打にあって分散し、元患者の多くは帰る家もなかった。
この状況は、2001年に熊本地裁判決によって国の隔離政策が違憲と認められた後も変わらない。元患者たちは、差別を恐れた家族に縁を切られ、死亡したことや存在しないことになっているため、故郷で生活するすべが無く、その大半が療養所に入ったままとなっているのである。
熊本地裁判決を受け、国は、当事者や弁護士、支援者らからなる検証会議を設置し、行政、警察、マスコミ、市民、宗教など多岐にわたる総合的な観点から、100年近く続いた差別政策を検証する報告書を作成し、発表した。同様に大阪府など、少なくとも10の自治体が独自に検証会議を設置し、報告書を作成している。
しかし、北海道では、被害実態すら明らかになっていない。道内出身者については、ピーク時の1917年(大正6年)には226人が療養所生活を強いられていたとされているが、延べ人数などは公表されていない。現在では、北海道にハンセン病患者がいたことすら忘れ去られていると言わざるを得ない。
道内出身の元患者も今や38名と減少し、その平均年齢も80歳に達している。生き証人である当事者から聞き取りをし、併せて、北海道が保有する資料などから当時の被害実態を明らかにし、差別と偏見の原因を示す必要がある。そのことが、ハンセン病にとどまらず、新たな差別や偏見の問題を生じさせることを防ぐことに繋がる。
当会は、今回の北海道知事の決意表明を高く評価するとともに、速やかに検証会議を設置し、その検証作業が早期に行われ、且つ、公表される報告書が充実した内容になることを強く求める。
また、当会は、人権擁護と社会正義の実現をその使命としながら、ハンセン病問題被害について、十分な取り組みをしていなかった時期があったことをあらためて自覚し、新たに設置されるべき検証会議に大きな関心を持ち、元患者の人権救済に積極的に取り組む決意である。
以 上
2010年1月18日
札幌弁護士会 会長 高崎 暢
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