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声明・意見書2009年度

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裁判員裁判開始にあたっての会長談話
―市民への呼びかけと弁護士会の決意―

明日、「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」が施行されます。札幌弁護士会は、裁判員裁判開始にあたって、市民のみなさんに対し、次のふたつの点を呼びかけるとともに、当会の決意を述べます。

  1. 刑事裁判改革のための制度の積極的活用を呼びかけます。
    市民のみなさんが、裁判員として、刑事司法改革のために、裁判員制度を大いに活用することを呼びかけます。
    国家の刑罰権は最終的には刑事裁判によって実現されます。刑事裁判は裁判所が国家の刑罰権が適正、妥当に行使されるように最終的にチェックする場でもあります。特に、国家による間違った刑罰権の行使は取り返しのつかない結果をもたらします。わが国のように死刑制度を持つ場合問題は一層深刻です。国家の刑罰権行使をチェックする裁判所の役割は大変重要なものです。
    ところが、免田事件などの死刑再審無罪事件に遡るまでもなく、近時の富山県の氷見事件のように冤罪の悲劇が後を絶ちません。残念ながら職業裁判官による裁判では裁判所のチェック機能が十分に発揮されていなかったといわざるを得ません。
    裁判は証拠に基づく事実認定を基本とします。証拠に基づいて事実の存否を判断することはみなさんが日常生活の中で行っている物事の判断と変わるものではありません。それは裁判官だけが特別にできるものではありません。むしろ裁判官だけに独占させてきた結果、みなさんの常識とはかけ離れた判断も生じていました。
    現代の刑事裁判は、国家の刑罰権行使の誤りを防止するため、「無罪の推定」 を前提として、検察官に厳格な手続による「合理的な疑いを超える立証」を求めています。みなさんが裁判員として参加する裁判において、厳格な手続によって法廷に提出された証拠だけに基づき、みなさんの常識で、裁判官と共に、場合によっては裁判官の非常識を批判し、みなさんが国家刑罰権の誤った発動による市民の生命、身体および財産の侵害を許さないという役割を発揮することを期待します。
  2. 制度改善に共に取り組むことを呼びかけます。
    札幌弁護士会は、同時に、市民のみなさんに対し、この裁判員制度がその役割を発揮するための前提条件の確立、制度の改善に共に取り組むことを呼びかけます。
    まず、裁判員のみなさんが正しい判断を行うためには、適正な手続による証拠が過不足なく法廷に提出され、審理および評議において、「無罪推定」「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則が徹底される必要があります。
    しかし、わが国刑事司法には「人質司法」「調書裁判」といわれる構造的問題 があります。公判中心主義となる裁判員裁判の下で一定の改善が図られることも予想されますが、この問題の抜本的改善なくして裁判員裁判はその役割を発揮することができません。少なくとも、取調べ過程の全面可視化、保釈制度の原則的運用、検察官による証拠開示の徹底が必要です。そして、審理および評議において、裁判官による刑事裁判の諸原則の説示、徹底が不可欠です。
    また、裁判員制度はそれ自体として多くの問題点を抱えています。法による強制の可否の問題、対象事件の範囲の問題、被告人の選択権の問題、裁判員に量刑判断をさせることの当否の問題、死刑求刑が予想される事件の取扱いの問題などです。
    これ以外にも、公判前整理手続のあり方の問題、開示証拠の目的外使用など弁護権の制約をめぐる問題、守秘義務など裁判員に課す義務のあり方の問題などもあります。
  3. 札幌弁護士会の決意
    札幌弁護士会は、冤罪を生み出す構造的問題を抱えるわが国の刑事裁判を改革・改善するため陪・参審制度の導入などを訴えてきました。裁判員制度導入にあたってもそれがわが国刑事裁判の改革・改善につながるものとなるようにさまざま意見を表明してきました。
    残念ながら、施行される裁判員裁判は札幌弁護士会が求めた制度とは言えませんが、札幌弁護士会は、市民のみなさんに、刑事裁判改革のために、この制度に参加し、活用してもらえるように、刑事裁判の原則である「無罪の推定」などをわかりやすく説明した「迷ったら無罪」をキャッチフレーズとするリーフレットを発行するなど広報に努めてきました。
    また、札幌弁護士会は、裁判員裁判の実施に向け、裁判所が本当にその役割を果たすことができるよう、弁護人として職責を担うための研修にも全力をあげて取り組んできました。
    札幌弁護士会は、裁判員裁判実施にあたり、会員弁護士が日々研鑽を積み重ね、個々の裁判の場で刑事弁護人としてその職責を全うすべく最大限の努力をするとともに、3年後に予定されている見直しの機会を待つことなく、実施直後から制度および運用の検証作業を開始し、鋭意必要な提言と実践を行う決意です。

以上

2009年5月20日

札幌弁護士会 会長 高崎 暢


*弁護士会からのコメント

  1. 札幌弁護士会は、5月20日、前掲のとおり、裁判員裁判開始にあたっての「会長談話」を発表し、市民のみなさんに、1.刑事裁判が正しく行われるために裁判員裁判への積極的な参加、2.裁判員裁判の役割が発揮するために制度の改善などの取り組み、を呼びかけました。
    裁判員裁判が開始されますので、5月21日以後に起訴される、刑事事件(殺人、強盗傷害、傷害致死、危険運転致死などの重大事件)では、市民のみなさんが、裁判員として裁判に参加することになります。
  2. 当然のことですが、無実の人が罰せられてしまうとしたら、大変なことです。日本のように、死刑制度がある国ではとりかえしがつきません。このような不幸がおきることのないように、チェックするのが裁判所の役割です。
    ところが、免田事件のように、死刑判決が下されてしまったことさえあります。つい最近も、富山県の氷見事件のように、無罪の人を刑務所で服役させてしまった裁判もありました。残念なことですが、これまでのプロの裁判官による裁判の中には、チェックが不十分だった例があったのです。
    みなさんは、物事の判断を、毎日の生活の中で普通に行っています。日常的に、何らかの事実に基づいて判断をしています。証拠に基づいて事実の有無を決めることは、裁判官だけが、特別にできるわけではないのです。むしろ、プロの裁判官だけで裁判を行ってきたことで、みなさんの常識とかけ離れた判断が下され、不幸な結果を繰り返してきてしまったのです。
    刑事裁判では、「無罪の推定」(有罪であることが証拠によって立証されるまでは、無罪であるという原則)」が大前提です。国が人を罰する以上、検察官は、証拠を提出し有罪であることを証明しなければなりません。
    みなさんが、裁判員として参加する裁判員裁判でも、この原則は変わりません。みなさん自身が、法廷で、証拠を直接見て、検察官が十分な証明をしているか、常識にしたがって、裁判官といっしょに考えて下さい。場合によっては、裁判官の考えは非常識であると批判して下さい。自信をもって、自分の考えを伝えて下さい。これが、裁判員の大切な役割です。
  3. みなさんが、裁判員として、間違いのない判断をするために、十分な証拠調べや評議に時間をかけて下さい。一人の人生がかかっています。慎重な対応が望まれます。効率さが優先されてはいけないと思います。
    これまでの日本の刑事裁判には、「人質司法(ひとじちしほう)」(自白しないと身柄を拘束され、保釈も認められない傾向)や、「調書裁判」(法廷での発言より警察や検察での取り調べの際に作成された書面(調書)上の発言を信用して裁判する傾向)という大きな問題点がありました。しかし、裁判員裁判では、みなさんが、証拠や、法廷での証人や裁かれる人の発言を、直接見て聞いて判断しなければなりません。裁判そのものが大きく変わることが期待されています。
    裁判が始まる前の捜査段階でも、警察や検察で取調べを受けている様子は、すべてをDVD等に記録しておくなど、いくつかの改善が期待されています。
    その他、被害者特に性犯罪事件の場合、プライバシーが十分に配慮されるのかなどの問題が残されています。
    「談話」は、裁判員裁判がその役割を発揮するために、一緒に、制度の改善などに取り組むことを呼びかけています。
  4. さいごに、札幌弁護士会の決意を述べています。
    札幌弁護士会は、「陪審制度」(事実の認定にだけ、市民だけで構成される陪審員が決定する)や「参審制度」(市民の代表者が裁判官と一緒に裁判に参加する制度)の導入などを訴えてきました。
    残念ながら、裁判員裁判は、これまで札幌弁護士会が求めてきた制度とは言えません。しかし、裁判員裁判の実施に備え、裁判の原則である「無罪の推定」を分かりやすく説明したリーフレットを発行するなど、広報に努めてきました。刑事裁判改革のために、市民のみなさんに、裁判員裁判に積極的に参加し、活用してもらいたいからです。
    裁判員にきちんと伝わるような弁護が出来るように、弁護士の研修にも全力をあげて取り組んできました。
    札幌弁護士会は、これからも、弁護士が日々研修を繰り返し、それぞれの裁判の場で、刑事弁護人としての職責を全うするため、最大限の努力をします。また、定められている3年後の見直を待つことなく、開始直後から、制度と運用について、検証作業を開始し、鋭意必要な提言と実践を行います。
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