札幌弁護士会は、市民の弁護士へのアクセス障害を解消するため、より一層多くの市民に利用される法律相談センターを目指して、次のとおり、法律相談センターの総合的改革を進めることを決意する。
- 利用者である市民の視点に立脚する。
利用者である市民の声を聴き、市民の視点に立脚して、法律相談センターの総合的改革に着手し、一人でも多くの市民が気軽に利用できる法律相談センターを実現する。
- 法律相談センターの総合的改革を進めるためのグランドデザインを策定し、これに基づく諸施策をすみやかに実現する。
具体的には、法律相談センターにおける法律相談を、原則無料とする。
また、分野別専門相談の創設、土日・夜間相談の拡充、出張・出前相談をはじめ積極的に市民にアクセスする相談形態の導入等、市民のニーズに応えた相談態勢を整え、あわせて総合的改革を進める法律相談センターを市民に周知するために、効果的な広報のあり方を検討し、実施する。
- 法律相談の質の向上を図る。
法律相談センターにおいて実施する法律相談が、市民にとって適切な法的サービスとなるよう、相談を担当する弁護士は、職務規律を保持し、より一層の知識や相談技術の習得に努め、懇切丁寧で充実した法律相談を行う。
以上のとおり決議する。
2013年(平成25年)2月27日
札幌弁護士会
(提案理由)
- 札幌弁護士会の取組~法律相談センターのこれまで
当会は、弁護士・弁護士会に課せられた基本的人権を擁護し社会正義を実現するという弁護士法第1条の使命を全うする目的で、1974年(昭和49年)に法律相談センター本部を開設した。そして、これまでの間、当会は、法律相談センター運営委員会が中心となって、個々の弁護士では容易に果たすことができない市民の弁護士へのアクセス障害を解消するために、市民からの法律相談を広く受け入れる態勢をとり続けてきた。
翌1975年(昭和50年)、当会は札幌市との間で法律相談業務委託契約を締結し、同市が実施する法律相談に会員を派遣するようになり、これ以降、札幌市以外の周辺自治体との間においても、法律相談の委託を受け、会員を派遣してきた。現在では、札幌市以外にも7つの自治体との間で委託契約を締結し、法律相談を行なう会員を派遣している。
1996年(平成8年)には、市民にとってより身近で利用しやすい相談形態として、電話による5分から10分程度のガイド的無料法律相談(ハロー弁護士相談)を開設し、年間相談数が平均で8000件前後という、画期的なアクセス数に繋げた。
1999年(平成11年)、地理的アクセス障害を克服するために、滝川市に中空知法律相談センターを、岩見沢市に南空知法律相談センターを開設したのを皮切りに、2007年(平成19年)までの間に、札幌地方裁判所支部管内のすべてに法律相談センターを開設し、また、都市部におけるアクセス障害を解消するために、千歳市及び札幌市内の麻生・新さっぽろに、それぞれ法律相談センターを開設した。
当会は、現在、法律相談センター本部のほかに、10の支部センターを運営している。
また、債務整理事件が社会問題化するようになった2004年(平成16年)に多重債務解決センターを開設して借金に関わる法律相談を無料としたのをはじめ、2010年(平成22年)に雇用トラブル相談センターを、2012年(平成24年)に離婚相談センターを、それぞれ開設し、いずれの法律相談も無料とした。
このように、当会は、市民が弁護士にアクセスしやすい態勢を発展させ、市民の弁護士へのアクセス障害の解消に努めてきた。そして、このことにより、市民と弁護士・弁護士会との結びつきは深まり、弁護士自治の基盤である市民の弁護士・弁護士会に対する信頼を培ってきた。
- 市民の弁護士へのアクセス障害は解消されていない
当会が運営する法律相談センターの相談件数は、2006年(平成18年)度をピークに減少に転じ、2008年(平成20年)度からは急激に落ち込み始めている。
その原因としては、多重債務に関わる相談件数が大幅に減少したことに大きな要因がある他、日本司法支援センターによる無料法律相談が開始されたこと、大規模な宣伝広告を展開する首都圏の法律事務所の進出、司法書士会等の隣接士業が無料相談を展開するようになっていること、等々を指摘することができる。
したがって、法律相談センターにおける相談件数の減少は、これまで顕在化していた需要の一部の減少や他への流出に起因するところが大きいのであって、必ずしも、弁護士へのアクセス障害が解消され、市民の法的サービスに対する需要が充たされたことによるものということはできない。
2008年(平成20年)に日本司法支援センターが実施したニーズ調査では、法律相談のニーズは年間228万~272万件あると推測されており、まだまだ法的需要が埋もれたままの状態であることが指摘されている。とりわけ、法律問題を抱えながら弁護士等の法律専門家に相談した人の割合は30%にとどまっており、26%の人は相談にすら至っていないことが報告されている。このことは、市民にとって、弁護士への相談が一般的ではなく、我が国において弁護士に相談する社会文化が醸成されていないことを示している。法律問題を抱えながら相談しなかった人の理由は、「どうしたら良いか分からないから」、「何をしても無駄だと思うから」といった情報不足に起因するものが少なくなく、また、「どのくらい費用がかかるのか分からない」、「弁護士は近づきにくい」など、いわゆる弁護士の敷居の高さに由来する、弁護士への心理的アクセス障害が問題視されている。潜在的な法律問題の存在が指摘される福祉問題に至っては、弁護士への相談割合は僅か数%に過ぎない(以上「法律扶助のニーズ及び法テラス利用状況に関する調査報告書」)。
上記の報告については、次のような事実からも裏付けることができる。
すなわち、当会の地域司法対策委員会は、2011年(平成23年)から弁護士不在地域において、試験的に週1回程度の無料法律相談活動を行っているが、これには、相当数の相談者が訪れており、弁護士不在地域における法的需要の存在が明らかになっている。また、当会が有料相談から無料相談に変更した離婚相談、労働者側の雇用トラブル相談(従前は一般相談若しくは特定分野別相談の対象事件)においては相談件数が以前に比べて大幅に増えており、このことは、法律事務所が多数存在する都市部においても、まだまだ法的需要が埋もれたままであることを示唆している。
- 法律相談センター機能の拡充~市民の弁護士へのアクセスを促すために
(1) 弁護士・弁護士会には、基本的人権を擁護し社会正義を実現するという弁護士法第1条の使命を果たすために自治権が与えられ、同法第72条によって法律事務の独占が認められていることから、市民のあらゆる法的需要に応える責務がある。この責務に応えてこそ、市民は弁護士・弁護士会に信頼を寄せ、かかる信頼こそ弁護士自治の重要な基盤となる。このように、弁護士・弁護士会は、市民の弁護士へのアクセス障害の解消に努めなければならない。
当会は、この責務を全うするためにこれまで法律相談センターを設置・拡充し、個々の弁護士では容易に果たせないアクセス障害の解消に努めてきたが、先に指摘したとおり、未だアクセス障害を完全に解消するまでに至っていない。
そこで、市民の弁護士へのアクセス障害のさらなる解消に向けて、法律相談センターの機能を拡充するために総合的な改革を進める必要がある。
(2) 総合的改革を進めていく上で重要なことは、「利用者である市民の視点」に立脚することである。
市民にとって利用しやすく、頼りがいのある弁護士・弁護士会であるためには、相談件数が減少し、アクセス障害の解消の基点として十分機能しなくなっている現状の法律相談センターを、「利用者である市民の視点」に基づいて、制度設計し直さなければならない。また、法律相談センターの総合的改革をはかるには、中長期的視点に基づいたグランドデザインを策定した上で、その行動計画にしたがって具体的施策を実現する必要がある。
そして、「利用者である市民の視点」に立脚した法律相談センターの改革は、個々の制度改革に留まることなく、上記グランドデザインに基づく行動計画にしたがって総合的に行わなければならない。
(3) ところで、「利用者である市民の視点」に立脚し、市民が気軽に法律相談センターを訪れることができるようにするには、まず、法律相談を、原則無料とする必要がある。
これまでわれわれ弁護士が当然のこととしてきた30分5000円という、市民にとって決して安くない相談料が、市民の弁護士へのアクセス障害の大きな一因となっていたことを改めて認識すべきである。法律相談が無料であれば、市民は自分の抱えている法律問題を気軽に弁護士に相談することができ、そして、その法律相談において弁護士に紛争解決を依頼することが有用であるとの情報を得た市民は、抱えている法律問題を弁護士に依頼して解決することになる。
このような市民層が増大することによって、我が国において「紛争解決のため弁護士に相談し、その解決を弁護士に依頼する」という社会文化が醸成されることに繋がるのである。
(4) しかし、法律相談の無料化をはかるだけでは、市民の弁護士へのアクセス障害を十全に解消していくことはできない。法律相談の無料化は弁護士へのアクセス障害を解消するために欠かすことができない必要最低限の手段に過ぎないのであって、それ以外にも、市民の視点に基づいた具体的な諸施策を実現する総合的な改革をはかる必要がある。
例えば、分野別専門相談の実施、土日・夜間相談の拡充、出張・出前相談や札幌駅と地下鉄大通駅を結ぶ地下歩行空間での法律相談会をはじめ弁護士が積極的に市民にアクセスする相談形態の導入等、市民のニーズに応じた幅広いメニューを提供しなければならない。そのためには、当会の業務改革推進委員会、高齢者・障害者支援委員会、子どもの権利委員会、住宅紛争に関する委員会、消費者保護委員会、犯罪被害者支援委員会、両性の平等に関する委員会、そして地域司法対策委員会等の各委員会が、これまで個々に展開してきた専門相談や活動を法律相談センターの相談業務として有機的に関連づけ、様々な分野にまたがる法律問題をワンストップ体制で相談することができる様に工夫し、また、相談受付体制を改善・強化することも必要となろう。
そして、このような法律相談センターを市民に周知するための効果的広報を検討し、実施していかなければならない。
(5) 最後に、相談を担当する弁護士の質の向上をはからなければならない。
法律相談を受ける「利用者たる市民の視点」に立脚するとき、法律相談センターにおける法律相談は適切な法的サービスとして市民に評価される必要がある。そのために、われわれ弁護士は、法律相談のあり方が弁護士・弁護士会に対する評価に直結することを肝に銘じ、懇切丁寧で充実した相談を心がけなければならない。
当会は、2012年(平成24年)から、相談開始時間を厳守するための制度を導入しただけでなく、相談を受けた市民の声を当該相談の担当弁護士に伝える制度を創設した。今後は、より市民に評価される法律相談を実践していくために、法律相談を受けた市民の声を相談に反映させ、懇切丁寧かつ的確な法的アドバイスをなし得るように研修を充実させる等、相談担当弁護士の質の向上をはかる制度をますます発展させ、そして、法律相談センターを支えるわれわれ弁護士自身が、職務規律を保持し、より一層の知識や法律相談技術の習得に努め、市民から信頼される、頼りがいのある弁護士・弁護士会となることを目指さなければならない。
- 結び
よって、当会は、市民の弁護士へのアクセス障害をより一層解消するために、法律相談センターの総合的改革を進めることを宣言するとともに、総合的改革に際しての基本的な考え方を確認し、改革を迅速、的確に実現すべく、本決議を行う。